施工管理の残業時間について検索すると、「平均〇時間」といった調査データはたくさん出てきます。
でも、あなたが本当に知りたいのは平均値ではなく、「実際のところ、どうなのか?」ではないでしょうか。
私は新卒からサブコンで施工管理を6年間経験しました。6年目のラスト1年間、出社・退社の時刻を毎日記録し、勤務表上の残業時間と実際の残業時間を1年間、月ごとに集計していました。
この記事では、集計した記録を表とグラフでそのまま公開します。求人票にも、会社説明にも、平均データにも出てこない数字です。そして最後に、この数字が私に何を決断させたのかも公表します。
【公開】勤務表の残業時間と、実際の残業時間の記録
まず、記録の全体像から見てください。
1年間、毎月の残業時間を記録したものを表にまとめました。
| 月 | 勤務表上の残業 | 実際の残業 | 差(手当なし) |
|---|---|---|---|
| 5月 | 30 | 52.25 | 22.25 |
| 6月 | 45 | 79 | 34 |
| 7月 | 45 | 63 | 18 |
| 8月 | 30 | 47 | 17 |
| 9月 | 30 | 54 | 24 |
| 10月 | 45 | 99.25 | 54.25 |
| 11月 | 45 | 135 | 90 |
| 12月 | 45 | 74.25 | 29.25 |
| 1月 | 45 | 86 | 41 |
| 2月 | 45 | 102 | 57 |
| 3月 | 45 | 45 | 0 |
| 4月 | 20 | 20 | 0 |
| 年間合計 | 470 | 856.75 | 386.75 |
| 月平均 | 約39 | 約71 | 約32 |
単位:時間。筆者が在職中に毎日記録した残業時間の集計(本文では端数を省いています)
同じデータをグラフにしたものがこちらです。
各グラフの意味合いは以下の通りです。
- グレーの棒グラフ→勤務表
- 青の棒グラフ→実績
- 赤の折れ線グラフ→その差(手当のつかなかった残業)

グラフで残業が跳ね上がっている時期は、受電や各種検査、引き渡しといった工事の大きな節目と重なっています。施工管理の残業は毎月一定ではなく、工程の節目に向かって波のように膨らんでいくのが実態です。
数字をまとめると、次のとおりです。
- 勤務表上の残業:年間470時間(月平均 約39時間)
- 実際の残業:年間856時間(月平均 約71時間)
- その差(手当なし):年間386時間(月平均 約32時間、日数換算で年間約52日分)
一切、給料が発生しない残業=サービス残業を約52日間も実施していました。
この数字の読み解き方 | 4つの注目ポイント
① 勤務表は「45時間」に張り付いている
グラフのグレーの棒を見てください。勤務表上の残業は、現場が竣工して竣工図の作成がメインになった最後の月を除いて、30時間か45時間のどちらかにきれいに揃っています。これは時間外労働の上限を定める36協定(サブロク協定:労使間で結ぶ時間外労働に関する協定)の枠に対応した数字です。現場の忙しさは月によってまったく違うのに、書類上の数字だけは毎月、枠の上限にぴったり収まっていました。なお、最後の2か月は、実際の残業も勤務表どおりでした。
② 実態は月によって2倍〜3倍
一方、青い棒(実績)は月ごとに大きく波打っています。最も忙しかった月は135時間。その月の勤務表上の残業は45時間ですから、90時間分が記録に残らない残業でした。繁忙期には、勤務表の数字の3倍働いていた計算になります。
③ 差を年間で積むと「52日分」になる
赤い折れ線(手当のつかなかった残業)を年間で合計すると386時間。1日の労働時間に換算すると約52日分です。1年のうち約2ヶ月弱、記録に残らないまま働いていた——集計して初めて、この規模だったのかと自分でも驚きました。
そして、手当がついていた残りの470時間にも意味がありました。サブコン時代の年収は、残業代が約4分の1を占めていたのです(毎月の給料で見ると約3割)。残業を減らせば手取りも減る——その構造については、こちらに書きました。
サブコン施工管理の年収は残業代が4分の1|毎月の給料なら3割だった
④ 手当が払われていたら、年収は16%増えていた
手当のつかなかった386時間に、会社が実際に払っていた残業代の単価をかけて、給与明細をもとに試算しました。
| 項目 | 実際 | 手当が全部払われていたら |
|---|---|---|
| この年の残業代 | 100 | 182 |
| この年の年収 | 100 | 116 |
筆者の給与明細をもとに試算(実際に支払われた額を100としたときの割合)
本来の残業代は、実際に払われた額の約1.8倍。この分が払われていたら、この年の年収は16%増えていた計算です。
なお、これは会社が実際に払っていた単価で計算したもので、法律どおりの計算とは多少違います。請求できる額を示すものではありません。
なぜ勤務表と実態が乖離するのか
「なぜ正直に申告しないのか」と思われるかもしれません。ここは個人の意思の問題ではなく、構造の問題だと私は考えています。
残業の申告には「事実上の上限」がある
36協定の上限を超える申告は書類上の問題になるため、会社の問題になります。所属部署も36協定の上限を超える申告を会社にはできないため、上司が「規定の時間を超えないように工夫しなさい」と一方的に言ってきます。勤務表が30時間と45時間にしか並ばないのは、このような理由が原因です。
日中は現場、書類は夜、という時間構造
施工管理は日中は基本的に現場を離れられず、書類仕事が夜に回る構造があります。詳しくは別記事に書きましたが、仕事量そのものが申告枠に収まらない以上、差は誰かの我慢で埋まることになります。
「みんなそうだから」で麻痺していく
一番怖いのはこれでした。入社した頃は疑問だったことが、年次が上がるにつれて日常になっていました。記録を続けていなかったら、私は自分の状況を客観的に見る機会を失っていたと思います。
なお、この乖離は私が所属していた企業に限った話ではなく、同期や先輩、同業の友人や現場で一緒だった他のサブコンとの会話でも、似た話は珍しくありませんでした。所属企業の問題である以上に、業界の構造が生む現象だと感じています。
実績残業135時間の月、どんな生活だったか
グラフで最も高い月(実績残業135時間)の頃の生活を書きます。
実績残業135時間だった月、私は平日は新築現場を担当し、土曜・日曜は改修現場と新築現場のかけ持ちで出勤していました。つまり、この月の休みは0日。休みは無く30日連続勤務でした。
当時のおおよその1日は、次のような流れでした
(※毎日この通りだったわけではなく、あくまで参考としての代表的なスケジュールです)
- 5:00 起床
- 6:30 現場着
- 6:30〜7:00 メール確認など事務作業
- 7:00〜8:00 職人さんが入る前に図面などの用意および現場の段取りと施工状況の確認
- 8:00 朝礼
- 8:00〜17:00 現場の確認、定例会議、施工図面作成、機器類の図面確認、メーカー打合せ、増減見積書作成、予算書更新、土曜・日曜実施の改修工事打合せおよび図面作成など
- 16:00〜17:00 現場の確認および職長さんに進捗状況や現場の問題点をヒアリング
- 17:00〜23:30 基本的に日中の作業+幹線ケーブルなどに付ける線名札やボックス類に貼るテプラテープなど現場で必要な細かいものの作成+明日の現場で実施することの確認
- 23:30 退社
- 0:30 帰宅 風呂に入って倒れるように就寝
土曜・日曜は、8:00〜17:00が改修現場の立ち会いと確認を実施しており、朝と夜の流れは平日と変わりませんでした。
新築現場と改修現場の場所が徒歩15分くらいしか離れていなかったので、このような流れになってしまいました。
起きてから退社まで18時間30分。睡眠は4時間台。これが30日、1日も途切れずに続きました。
「今日が何曜日か」は、カレンダーではなく行き先の現場で判断していました。新築現場に行く日が平日で、改修現場に寄る日が土曜・日曜。曜日とはその程度のものになっていました。
心身への影響で、最初にはっきり表れたのは肌でした。ニキビと肌荒れが一気に出て、鏡を見て自分でも驚いたのを覚えています。当時は「疲れているだけ」と流していましたが、睡眠4時間台が30日続けば、体は正直にサインを出します。休みが1日もない月というのは、疲労を回復させるタイミングそのものが存在しないということでした。
この月は特別でしたが、ふだんの月でも、休めたのは日曜だけでした。会社のカレンダーの休みと、実際に休めた日の違いは、こちらに書きました。
施工管理は休みが取れない?土日休みの会社で、休めたのは日曜だけ
この記録を1年分集計した日、辞める確証が出た
毎日つけていた記録を年間で集計し、この表とグラフを作って眺めた日のことを覚えています。
「手当なし残業 386時間」。画面の数字を見て最初に浮かんだのは、怒りではなく「52日分か」という妙に冷静な計算でした。1年のうち2ヶ月近くを、給与にも記録にも残らない形で差し出していたことになります。
次に頭に浮かんだのは、掛け算でした。この働き方をあと10年続けたら、386時間×10年——。数字にした瞬間、「これは自分の頑張りや工夫でどうにかなる範囲を超えている」と、すとんと腑に落ちました。
不思議と、落ち込みはしませんでした。むしろ「これで辞める確証が出た」と思いました。辞めたい気持ちは何年も前からあったのに、「甘えかもしれない」と打ち消し続けてきました。でも、この数字は打ち消せませんでした。
実は、企業へのエントリーは、この日より前に済ませていました。現場の激務がいつ一段落するかは分かっていたので、一段落したらエントリーすると前から決めていて、その流れで応募したのです。1年分の集計が終わったのは、選考が進んでいたころでした。6年間ためらい続けた退職の決断を、最後に1枚のグラフが固めてくれました。
私にとってこの記録は、会社への不満をぶつけるためのものではなく、自分の状況を客観的に判断するための材料でした。感情だけなら「疲れているだけかも」「甘えかも」と打ち消せてしまう。でも、1年分の数字は打ち消せませんでした。
実際の転職活動記録——エージェント選びから内定までの全記録は、こちらの記事に書きました。
施工管理からデベロッパーへ転職した話|準備1年・活動2ヶ月の全記録
同じ状況にいるあなたへ | 今日からできる3ステップ
ステップ1:まず自分の労働時間を記録する
私がそうだったように、記録は状況を客観視するための最強の道具です。出社・退社時刻をメモするだけでかまいません。1〜2ヶ月続けて勤務表と並べれば、あなた自身の「勤務表と実態の差」が数字で見えてきます。この記録は、今後どんな選択をするにしても、あなたの判断材料になります。
ステップ2:その数字が「会社固有」か「業界構造」かを考える
同業他社に移れば解決するのか、それとも立場(発注者側・コンサルなど)を変える必要があるのか。数字が出ると、この仕分けがしやすくなります。
サブコンの場合、キツさの多くは「立場」から生まれています。元請けの遅れを深夜残業で吸収する、設備系への扱いの差、消えていく代休——これらは会社を変えても、下請けの立場である限り繰り返されます。私が経験した4つの場面を、こちらにまとめました。
サブコンを辞めたい|キツさの正体は「立場」だった。6年働いた私の結論
ステップ3:市場価値を外に聞いてみる
私は転職エージェントとの面談で、施工管理の経験が発注者側で評価されることを初めて知りました。登録は退職の決断ではなく、選択肢を知るための情報収集です。数字という判断材料に、「外の選択肢」という判断材料を足してみてください。
残業の記録が「社内の判断材料」なら、エージェントの話は「社外の判断材料」です。両方揃えてから決めても、遅くはありません。登録したからといって、転職しなければいけないわけではありません。まずは「自分の経験が外でどう見られるか」を聞くだけでも、判断材料が1つ増えます。
まとめ
勤務表上の残業は36協定の枠に収まっていても、実態との差は年間386時間・約52日分——これが、私が1年間記録し続けた数字の示す現実でした。
この記事で伝えたいのは会社批判ではなく、「記録を持つと、人生の判断ができるようになる」ということです。あなたも今日から、まず記録を始めてみてください。数字は、あなたの味方になります。
なお、「そもそも辞めたいと思うこと自体が甘えなのでは」と迷っているなら、こちらもあわせて読んでみてください。
施工管理を辞めたいのは甘えじゃない|6年続けて転職した私の結論
※本記事の労働時間は、在職当時に筆者個人が毎日記録していたものに基づいており、勤務先の公式な記録ではありません。また、特定の企業・団体を批判する意図はなく、業界で働いた一個人の記録として公開するものです。


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